回 |
日 時 |
完走者 |
特 記 事 項 |
1 |
1982年
10月17日 |
97人 |
* 小松の活性化とまちづくりを目的に、青年のエネルギーを結集して事業を始める。
* バイクー40km・登山―5km・ランー7.5km |
2 |
1983年
9月18日 |
123人 |
* 各競技の距離を延長。(バイクー53km・登山―10km・ランー20km)
* 主会場を木場潟公園(ゴール)公設市場(スタート)に。
* 小松の幻の名ランナー「勇松」を題材にテレビ放映、高石ともやが出場。 |
3 |
1984年
9月16日 |
206人 |
* チーム対抗の部を導入。
* 小松の幻の名ランナー「勇松」にちなみ、「勇松賞」を制定。地元最優秀選手に贈る。 |
4 |
1985年
9月15日 |
290人 |
* 参加者も全国26都道府県に広がる。
* 各種団体や市民ボランティア参加の輪が広がる。 |
5 |
1986年
9月14日 |
354人 |
* バイク距離を20km延長。総距離を103kmとする。
* 小松市長を大会長に迎え、大会の強化を図る。 |
6 |
1987年
9月13日 |
373人 |
* 招待選手制度を導入。在日中国人を招待。
* 上海体育運動委員会と選手の相互派遣を決定。
* スタッフが高校生から高齢者まで広がる。 |
7 |
1988年
9月18日 |
406人 |
* 中国国家体育運動委員会から、大会運営の指導依頼を受け3名が北京へ。 |
8 |
1989年
9月17日 |
433人 |
* 中国上海市から、トップクラスの自転車競技選手を招待する。なお、上海体育運動委員会の依頼を受け、大会の共催者に決定する。 |
9 |
1990年
9月16日 |
484人 |
* 小松ウォール工業(株)の支援を受け、第1回上海トライアスロン大会を上海体育運動委員会と共催で開催する。
* 中国、米国、豪州の選手を招待。 |
10 |
1991年
9月15日 |
498人 |
* 韓国選手3名、および韓国の大会視察団を招待する。
* 第10回大会記念パーティーを開催する。
* 「石川国体」開催記念事業とする。 |
11 |
1992年
9月13日 |
389人 |
* 木場潟公園の整備にともない、ゴール会場を変更。
* 第3回上海国際トライアスロン大会を共催する。 |
12 |
1993年
9月19日 |
387人 |
* 小松名物のうどんを活かして「うどん大食い大会」を実施する。
* 大会運営の市民ボランティアが1,200人に。 |
13 |
1994年
9月18日 |
378人 |
* 中国3名、韓国10名の選手を招待する。
* 大会運営の企業のボランティアが新たに加わる。 |
14 |
1995年
9月17日 |
0人 |
台風12号の影響により中止9月15〜17日、関東地域を中心に台風12号が影響。大会当日は風雨が強く、小松市地域では注意報から警報になり、20mの突風が吹く荒天となる。特に、当日は気温の低下状況が続き、選手の健康や生命の安全も考え、早朝6時30分に大会を中止とする。 |
15 |
1996年
9月29日 |
鉄人295人
デュ 167人 |
* 第15回大会を記念して、大会名称を「全日本鉄人レース」と改称。
* 従来の競技に加え、デュアスロンを設ける。
* 高円宮殿下・妃殿下、当大会をご視察。
* 競技本部の設立など、大会運営に万全を期する。 |
16 |
1997年
9月28日 |
鉄人287人
デュ 261人 |
* こまつドームをメイン会場とする。
* 料理の鉄人"道場六三郎"氏を名誉大会長に迎える。 |
17 |
1998年
9月27日 |
鉄人294人
デュ 287人 |
* 全国30都府県から670人の参加。
* 鉄人交流広場を充実。 |
18 |
1999年
9月26日 |
鉄人247人
デュ 297人 |
* 競技運営をスムーズに行うため審判部を独立。
* 日本トライアスロン連合からの要請により"パワーマン"受け入れの準備にとりかかる。 |
19 |
2000年
9月24日 |
Powerman
317人
鉄人 169人 |
* ITUパワーマンKOMATSU(ワールドカップ)を開催
*雨天により、鉄人レースの登山は中止になる。
*JTUの要請により、20回大会から「日本ロングディスタンスデュアスロン選手権大会」の準備にとりかかる。 |
20
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2001年
10月14日
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Powerman
178人
ワールドカップ 24人
鉄人 157人
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*パワーマン、第4回日本ロングディスタンスデュアスロン選手権大会、鉄人レースと3競技の開催
*人気の鉄人レースは今回最後のレースとなる。懐かしい選手の参加があり、大会に華を飾ってくれた。
*外国人選手と小松市内の中学校との交流会を開催。大変有意義な交流会となった。
*初心者でも出やすい大会にしてほしいという要望がたくさんあった。大会の方向性を見直してみる必要があると感じる。 |
21
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2002年
9月29日
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ロング244人
ショート143人
チームリレー
12チーム
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*初心者向けにショートタイプを設ける。
*ショートタイプのチームリレーはなかなか評判が良かったが距離が短いかも・・。要検討!
*中国の選手が優勝する。
*「動山」の復活を望む声がたくさんあった。
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22 |
2003年
9月28日 |
432人
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*大会先導にクリーンエネルギーの天然ガス自動車を採用する。
*最高齢84歳の選手がショートの部を完走 |
23 |
2004年
9月28日 |
472人
|
*村沢杯を創設
*ゴミを出さないエコイベントとして開催 |
24 |
2005年
9月25日 |
407人 |
*県ふるさとづくり優秀賞を受賞
*動山再開(鉄人の部)に向けた取り組みを開始 |
25 |
2006年
9月24日 |
525人 |
*5年ぶりに鉄人の部(登山)を再開
*いしかわ中日体育賞特別賞を受賞する。 |
26 |
2007年
9月30日 |
515人 |
*雨のため、鉄人の部(登山)が中止となり、鉄人の部とロングの部 が同時スタートとなる。 |
27 |
2008年
9月28日 |
513人 |
*地元石川県勢が健闘、12人が入賞する。
*最高齢の愛知県の選手(89歳)がショートの部で完走。 |
28 |
2009年
9月27日 |
571人 |
*リレーの部に33チームが出場、大いに盛り上がる。
*鉄人の部で北方選手が2連覇、女子の松本晴美選手が総合でも6位に入る男子顔負けの快走をみせる。 |
29 |
2010年
9月26日 |
562人 |
*天候に恵まれ、各部門に白熱したレースが展開された。
*小松市制70周年、イメージキャラクター「カブッキー」登場、名物「小松うどん」も大好評 |
30 |
2011年
9月25日 |
518人 |
*30回記念大会 |
31 |
2012年
9月30日 |
540 人 |
*天候に恵まれた。鉄人の部、優勝者は地元.小松市の町田宣人
さんでした。
ショートコースが60kmに延長(バイクコースは全てに種目が60kmとなる。) |
32
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2013年
9月29日 |
536人
鉄人117
ロング116
ショート207
チームリレー96(32チーム) |
*鉄人、ロングの部のランコースが素晴らしい木場潟公園を走るコースに!
*エイド日本ステーション日本一の大会は今年はさらに充実!
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33 |
2014年
9月28日
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546人
鉄人117
ロング122
ショート205
チームリレー102
(34チーム) |
*友好の韓国利川、京義道トライアスロンに2名の選手を招待選手を派遣 する。 成績は2位、4位でした。(7月20日)
*天候に恵まれ、白熱、興奮レースとなった。 |